今日の漢字726は「蔑」。マイノリティを蔑視してはいけない
今日の漢字は「蔑」。蔑視、軽蔑、侮蔑。
女性蔑視発言やマイノリティ蔑視の発言が多い。八村塁の弟への蔑視のツイッターも問題になったが、多様性を認めず、マイノリティを差別する風潮はなかなか消えない。
日本人以外の風貌を持つ人間への蔑視は、多様性を認めない人々の不満のはけ口になっている。日本はグローバルな人材の活用や社会交流は未熟な社会と言える。
「出口版学問のすすめ」(出口治明著)で、出口氏が生命保険会社のロンドン支店に赴任していた際、イギリスの幼稚園での教育の仕方に感心したことに触れている。
その幼稚園では、最初に園児2人がペアで向き合い、お互いの顔を確認する。順にペアを変えていき、全員が確認し終わったところで、同じ顔の人がいたかどうかを園児たちに聞く。もちろんみんな「違う」と答える。そして次に、「顔かたちは違うが、考えていることや感じていることはどうか」と聞く。すると、ほとんどの子どもたちは「顔かたちが違うのだから、一人ひとり考え方も違う」ということを全員に気づかせるという。
一人ひとり違うということが認識できたら、次に二つのことを教える。
ひとつは「自分の思っていることは相手に言わなければ伝わらない」ということ。みんな違うのだから、自分の気持ちは以心伝心では伝わらない。わかってほしければ、はっきりと言葉で意志表示しましょうと教える。
もうひとつは「並ぶこと」。切符を買うときに窓口に殺到したら、収拾がつかない。一人ひとりが違うからこそ、並んで順番に買わなければいけないことを教える。その幼稚園の先生は、初年度の教育はそのふたつを腹落ちしさえすれば十分だと言っていた。
つまり前提として人間は一人ひとりが違って多様性があるということを教えて、そのあとコミュニケーションの重要性と、社会にはルールがあることを理解させる。
翻って日本の教育を省みると、どうしても「みんなと同じ」がいいこと、いわゆる同質性の大切さを教える。そして突き抜けたり、尖った個性の持ち主は無視されたり排除される。時にはいじめの対象となる。自分の子どもが他の子どもと少しでも違うところがあると保護者は「ほかの子はできているのに、なぜうちの子はできないのか」と嘆く。
素直で我慢強く、偏差値がそこそこ良くて協調性をもって働く会社が戦後成功したため、どこも個性を殺し、団結して物事を成し遂げることに注力してきた。そうした中では突拍子もない発想を持つ人は育たないし、GAFAのような企業が育つ下地はない。
そういう個性や多様性を重視しない教育、会社生活でも日本人ばかりで固まって協調性を重視する社会を経験すると、人は自然と画一的な社会が当たり前となる。そういう風潮から、差別にことさら反応したり、マイノリティに侮蔑的、無頓着であると、上記のような反応となる。
出口氏は最後に、「異質なものを受け入れない国や地域はいずれ衰退する。同質社会の無菌状態の国には活力が沸いてこない」と断罪する。グローバル社会がかけ声だけにとどまらず、多様な国の人々が日本で活躍できる社会になってほしいと願うばかりである。