笑顔漢字日記

全ての漢字を笑顔にしたい。そんな思いで常用漢字2136文字を目標にエッセイを書く無謀な北海道在住のアラ還オヤジ

今日の漢字469は「怖」。今週のお題「怖い」のアプローチから、ヒグマとの邂逅の恐怖を考える。

今週のお題「怖い話」

今日の漢字469は「怖」。今週のお題「怖い」から、ヒグマの恐怖を考える。

 

     恐怖は実際にその対象物に出くわす前の「来るぞ来るぞ」といいながら、いつ「そいつ」が現れるかわからない緊張の時間帯がピークとなる。映画「エイリアン2」でエイリアンを待ち受けるシガニー・ウィーバーと言えばわかりやすいか。

 

    そんな体験をしたのが、北海道の道東は知床での体験。

 

    私は測量関係の仕事で知床の中標津町というところにいた。

     人口は2万人ながら牛の数が4万5千頭という酪農王国。

    そんな地域の山側に入ったところに、とある構造物を作るということで、測量の前段階の現地調査に赴いた。

 

    少し山の中に入り、熊笹で覆われた道なき道を行くとのことで、ヘルメット、作業服を着込み、私を含めて関係者3人ほどで調査に。

    ふと横を見ると明らかに調査関係者ではない高齢の御仁が。

「はて、どちらさんで」

「ハンターです」

 

「どういうことですか」私は同行の先輩に尋ねた。

     先輩「ああ、おまえには事前に言っていなかったが、ハンターを頼んだ。このへんヒグマが良く出ると聞いたもので用心したんだ。ハンターさん、よろしくお願いします」

私「ハンターなんて聞いてないっすよ。熊が出るんですか、熊が」とダチョウ倶楽部のような情けない声で先輩に訴えるも、先輩も「しゃーないだろー。無防備よりはましだ」と意に介さない。

 

    そうこうするうち出発して、山の中へ。このあたりは高い木が少なく、低木と熊笹だらけ。獣道はないので、笹を掻き分けて進む。先頭に調査会社の人、先輩、私、ハンターと一列になって進む。

 

     天気は良い秋の日。我々の進むカサカサと熊笹を踏む足音しか響かない。他の箇所から音が響いてこないということは、動物は潜んでいないということだ。

 

    私「ハンターさん、このあたり熊は出ますかねー」

    地元の猟友会に所属し、ここの地形や生態に詳しいハンターはひとこと「出ます」。

 

     私はとてもじゃないが、現地調査には身が入らず、いつ熊が出てくるか、恐怖におののいていた。

 

     そもそもヒグマは体長2メートル以上、日本では最大の野生の猛獣であり、するどい爪で襲われるとひとたまりもない。毎年山菜取りの最中にヒグマに襲われて怪我する人はあとを立たず、死亡例もある。特に冬眠前の秋は食物を仕込むから気が荒いとも聞いた。私はよく動物園でヒグマを見るが、ツキノワグマより1.5倍でかい。まさにキングオブ北海道アニマル。

 

     少し進むと、先頭を行く調査会社の人が「おや」と声を上げた。

「やばいっすね」とハンターに語りかけた。

 

     ふとその人の足元を見ると、見たことも無い動物の糞らしきものがあった。

 

    ハンター「確かにヒグマの糞ですね。ヒグマの縄張りの中にいるから注意して進みましょう。あと、熊に会っても大声は出さないでください」

 

    一同に緊張が走る。我々は熊よけの鈴をつけ、「チリンチリン」と音を立てながら進んでいた。この音を聞くと、熊も人間が怖いから近づかないという。最も怖いのは、出会い頭。いきなり至近距離で出会ってしまうと、熊はパニックで人を襲うという。

 

    私は「いつ熊が出るか」の恐怖心に囚われ、実地調査どころではない。ひとりシガニー・ウィーバー状態であった。

 

     すると、数メートル先で熊笹が「カサカサ」と大きく揺れながら音を立てている。しかし笹に覆われていて、姿は見えない。

 

     ハンターはついに我々の先頭に立って銃を構え、その先にいる見えない標的に銃口を向けた。

     

     我々はその姿に固唾を呑んで見守った。まるでスローモーションのワンシーンのようだ。このあとどうなってしまうのか。心臓が高鳴る。恐怖心のメーターがMAXに振れる。先輩も顔がひきつっている。

 

静止すること1分。敵はまだ姿を現さない。

 

「ガサッ」

 

     私たちの目の前に現れたのはなんと野性のエゾシカであった。私たちを見るなり、びっくりして踵を返して立ち去った。

 

 「あー。あせった。死の恐怖が一瞬頭をよぎったわ」と先輩も安堵。私は「エイリアンでなくて良かった」とほっと肩をなでおろした。日常生活では滅多に会わない恐怖体験。改めて我々は自然や動物と共生しながら生きているということを実感した。

 

   結局、その日はヒグマには会わず、無事仕事を終えたのであった。

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「畏怖の念を抱く」という表現が好きだ