笑顔漢字日記

全ての漢字を笑顔にしたい。そんな思いで常用漢字2136文字を目標にエッセイを書く無謀な北海道在住のアラ還オヤジ

今日の漢字516は「嵐」。吉村昭の「羆嵐」は恐ろしい小説である

今日の漢字は「嵐」。雪嵐、砂嵐、嵐山、嵐の前の静けさ。

 

    以前、2回ほど熊にまつわる話を書いたが、何だか熊シリーズの様相を呈してきた。懲りもせず今回も熊ネタを書く。

 

    そのきっかけは、最近、吉村昭の「羆嵐(くまあらし)」を読んだから。

f:id:laughing-egao:20201004145209j:plain

吉村昭著「羆嵐

 

    大正4年12月。北海道で農業を営むため入植した苫前町三毛別という辺鄙な山間の集落で、冬眠し損ねた雄の羆(ヒグマ)によって老若男女8名が食い殺されるという史上最悪の獣害「三毛別羆事件」がその題材となっている。

 

    この小説は、羆が人間を食べる猛獣なのだということを改めて認識させる。襲った人間の骨肉を食べる音、いつ再び襲ってくるか知れない住民の恐怖、逃げた住民の空き家に再び現れた羆の狼藉ぶり、食い残した死体への執念深さ。それら羆の獰猛さがリアルに描写され、私は終始震え上がりながら文章の一字一句を追うハメになった。

 

    通常、羆は冬眠するが、まれに冬眠しそびれて冬期間も森の中をうろつく「穴もたず」の熊が出没するという。当然林野に食料はないから、野生の鹿などを襲うことになるのだろうが、この羆は人間の生活圏に入り込み、最初は家屋の軒先にあったトウモロコシをあさったものの空腹は満たされず、藁葺きの家屋に侵入し、ひとりの女性を襲い、食べた。そして人間の味を占めた羆は、それでも飽き足らず、他の家屋の人々を次々に襲い、食べるというおぞましい行為を繰り返した。

 

    直後に村人や苫前からの警察を中心にのべ600人もの討伐隊が結成され、緊張の対峙が続く中、最後は留萌地域でも腕利きのマタギに討ち取られた。体重340kg、身長2.7m、推定年齢7~8歳という巨体の雄。こんなドデカイ羆に襲われると、ひとたまりもない。事件は発生から5日後にようやく終結した。

 

    大正期の未開発地で家屋も藁葺きという粗末なもので、羆も簡単に侵入しやすいということもあるが、本来臆病と言われる羆が人間を襲うということは、よほど飢えに苦しみ、最終手段で人間を襲うという行為に至ったと思う。

 

    しかし考えてみれば、北海道の大地の先住者は羆の方であり、羆の生活圏に人間が踏み込んできたから、かれらの生存が脅かされているという事実を知っておかねばならない。森が切り倒され、開拓され農地や道路になっていくことは、それだけ羆の生活範囲が狭くなり、食糧も減っていくわけだから、「熊が人間の生活圏に現れるのはけしからん」とは言えないのである。

 

    この本を読んで知ったことは、羆は自らが得た餌には異様に執着する性格があるということだ。今回の事件で最初に襲って羆が持ち去った女性の死体を村の住民がみつけ、家に持ち帰って供養すべく通夜を営んでいる最中、再び羆が襲ってきた。これはいわゆる自分の餌を取られたと羆は認識しており、それを奪え返すために襲ってきたという説が通説である。

 

    羆は食べ残した獲物を土饅頭にして草で覆い、お腹がすいたら再び戻ってその餌を食べる習性があるというのは多くの書物で述べており、それくらい、自分が得た獲物には執着するのである。

 

    だからよく言われるのは、ツキノワグマもそうだが、熊と山でばったり会って、何かの拍子で自分の持っている食べ物などを残してきても、それを絶対に取り戻しに行ってはいけないということ。取り返しに戻り、その物を持ってきてしまうと、熊が自分のものを取られたとして襲ってくるというのがその理由だそうだ。

 

    羆もツキノワグマも本来は好戦的な動物ではなく、ましてや人間と対決すべき動物ではない。共存共栄を図るべき存在。ほとんどの熊は人間の存在を感じたら、自ら身を隠すという。

 

    だから登山も本来は熊にとって迷惑な話。だからこそ熊を刺激しないよう、登山の際には「山に登らせていただいている」という謙虚な気持ちを持ち、動物との接触には細心の注意を払う必要がある。もし熊と出会い頭にばったり会ったらどうすればいいのかも知っておく必要があるのではないか。

   次回の熊シリーズは「熊とばったり会ったらどうすればいいのか」を考えたい。

f:id:laughing-egao:20201004150045j:plain

京福電鉄嵐山線は「嵐電」(らんでん)の愛称で親しまれている