今日の漢字463は「柱」。プロ野球ジャイアンツの3本柱から、なぜジャイアンツは人気が無くなったかを考える
今日の漢字は「柱」。大黒柱、貝柱、円柱、柱上変圧器。
野球の3本柱と言えば、エース級が3人並び立つ常勝チームの屋台骨を支える投手のことを指す。
大黒柱は1人だけの大エースだが、3人もの優秀なピッチャーがいれば、3連戦で少なくとも2勝1敗の計算が成り立つから監督は楽である。
3本柱の象徴は、昭和から平成にかけて活躍した読売ジャイアンツの斎藤雅樹、槇原寛巳、桑田真澄の先発3本柱であろう。アラ還アンチジャイアンツの私としては、憎き選手ばかりだが、皆素晴らしいピッチャーだからなかなか打てない。
ただ槇原は、我が愛するタイガースのバース、掛布、岡田の「バックスクリーン3連発」の餌食となったし、斎藤は完封目前で中日ドラゴンズの落合博満にサヨナラスリーランを食らったりと、彼らのノックアウトされた無様なシーンだけは妙に脳裏に焼き付いている。
あの時代は、スポーツと言えばプロ野球しかなく、毎日のお楽しみは23時過ぎから始まるフジテレビ「プロ野球ニュース」。何とその日のプロ野球の6試合のダイジェストを1時間もかけて振り返っていた。
そこでアンチジャイアンツの私は、斎藤や桑田が5回に1回くらい滅多打ちに合うのを楽しんで見ていた。(5回のうちの4回は快投ぶりを見せつけられるのだが)
プロ野球ニュースに限らず、ジャイアンツ戦は地上波で毎日ゴールデンタイムに全国放送されていた。今なら信じられないジャイアンツ贔屓だが、視聴率もそこそこ良く、ゴールデンタイムの放送権料がセリーグの各球団に入るから、ヤクルトや広島など経営基盤の脆弱なチームは、ゴールデンタイムで放映されることは願ったり叶ったりだった。そんなわけで毎日ジャイアンツ戦があるから、セリーグ各球団の選手の名前を自然と覚えたものだ。
思えば最近、「アンチジャイアンツファン」という言葉を聞かなくなった。かつてゴールデンタイムのジャイアンツ戦の視聴率が良かったのも、「ジャイアンツ負けろ」とテレビの前で念じながら見ていたアンチなオヤジ達が多数存在していたから。あの頃のオヤジ達の憂さ晴らしは、会社から帰ってビールとつまみを食べながらジャイアンツ戦をテレビにかじりつくこと。21時で野球中継が終わる際には「何でいいところで終わるんじゃボケ」と悪態をつきつつ、続きをラジオで聞くか、プロ野球ニュースまで我慢するかを強いられていた。試合結果は勿論、スポーツニュースがあるまでわからないから、寝てしまえば次の日の朝刊で結果を知るというのどかな時代でもあった。
野球でジャイアンツの話題は前ほど聞かなくなった。圧倒的な人気があった頃に比べたら隔世の感がある。
そもそもジャイアンツ人気が凋落したのは、次の理由が考えられる。
・野球人気自体が低下。
・スター選手が不在、もしくは華が無くなった。
・テレビ派よりリアルに球場で応援するスタイルに変化した。
・マスコミがジャイアンツを贔屓しなくなった。ジャイアンツを取り上げなくとも注目度が変わらないことに気づいた。
この中で大きいのは、福岡、札幌、仙台など、フランチャイズが地方に移転し、パリーグの人気が上昇したこと。
特に北海道は、日ハムが移転する前は9割がジャイアンツファン。それが日ハムが北海道に来た途端、北海道人は手のひらを返すように、日ハムファンに鞍替えした。
そのほか、私が青森に一時期住んだことがあるが、青森なのに多くの人が楽天を応援していた。
「田舎者はジャイアンツファン」と揶揄された時代があったが、「おらが地域のプロ野球チーム」ができることで、確実にジャイアンツファン、アンチジャイアンツファンが減っていった。
あとはメジャーリーグの存在も大きい。日本人選手の活躍が連日報道されるから、メジャーリーグファンも確実に増えている。ジャイアンツ1強の野球界が、パリーグ、メジャーリーグ、地域独立リーグ、高校野球など多様化して楽しめる時代になったから、相対的にジャイアンツの人気に陰りが出たといえよう。
私はといえば、野球中継自体がほとんどないため、選手の名前を覚えられなくなった。興味の重心がサッカーに移ったというのもあるが、野球をテレビで見ないため、各球団のエースピッチャーすらわからない。
プロ野球ニュースのような番組をのんびり見れば覚えるのだろうが、1試合のダイジェストが30秒くらいで終わってしまう今のスポーツニュースでは、なかなか興味が湧かないのも事実である。スポーツニュースも昔と違い、Jリーグ、Bリーグ、Vリーグにラグビー、卓球、柔道、駅伝など、ジャンルも観客の幅も広がった。スポーツの多様化は喜ばしいことではあるが、キングオブ昭和の象徴野球が相対的に衰退していくのではとないかと危惧している。