笑顔漢字日記

全ての漢字を笑顔にしたい。そんな思いで常用漢字2136文字を目標にエッセイを書く無謀な北海道在住のアラ還オヤジ

今日の漢字756は「慄」。戦慄を覚えた長野冬季オリンピック

今日の漢字は「慄」。戦慄、慄然。

 

    昨日の続きで今日はオリンピック冬季編。夏の大会に比べ参加国も少なく、今ひとつ盛り上がりに欠ける冬季オリンピック大会。しかし北海道人としては、地元から輩出される選手も多いから、とても身近に感じるのも事実である。

 

   1972年の地元開催の札幌オリンピックは残念ながらほとんど記憶がない。70m級ジャンプで日の丸飛行隊が活躍したものの、生観戦の記憶はなく、ビデオ映像でしか知らない。

 

    ジャンプつながりでいくならば、最も戦慄を覚えたのは、やはり1998年長野オリンピックでの日本団体の金メダル。あの時は私が勤務する会社のテレビがつけっぱなしで、仕事そっちのけで盛り上がった。近々公開される映画「ヒノマルソウル」でも描かれているが、あの時は天候が非常に悪く、1回目のジャンプが終了した段階で一旦休止に。そこで競技打ち切りとなれば、その時点で4位の日本はメダルを逃する。何としても2回目の競技を続ける必要があり、そのため悪天候でも飛べるかどうか、テストジャンパーたちがしっかり試技で飛ばなければならない。かれらは日本に何とかメダルを獲ってもらおうと、必死になって吹雪の中、ジャンプの試技を行った。何人かのテストジャンパーがきちんと飛んだことで、2回目の競技が開始され、日本は大逆転の金メダルというドラマが生まれた。日本の冬季オリンピック史上、最大の感動ドラマではないかと思う。華やかな金メダルの裏側には、そうした命を懸けたテストジャンパーたちの行動があったことが、涙を誘った。

 

    あとはありきたりだが、フィギュアスケートか。どうしても羽生結弦浅田真央荒川静香に注目が集まりがちだが、個人的に一番インパクトがあったのは、伊藤みどり。女子初のトリプルアクセルをひっさげ、1992年のアルベールビルで銀メダルを獲った。まさに女子フィギアスケート界の第一人者。にこにこしながらクルクル回る演技に度肝を抜かれたのを覚えている。

 

    話は少しずれるが、2014年にロシアでソチオリンピックがあった際、帯広のとある病院の院長が、女子スピードスケートで地元十勝出身の選手をどうしても応援したいと、ソチまで駆け付け、応援した話を直接本人から聞いた。残念ながらその女子選手は、入賞は逃したものの、応援にわざわざソチまで出かけた院長は、「オリンピックの応援ではるばるロシアまで行く殊勝な人はなかなかいないけど、その娘は地元出身でもあり、どうしても応援したかった。一生に一度の思い出に残った」と充実した面持ちで呟いていた。

 

   確かに遠くソチまで行くということは、オリンピックでもない限り実現しないと思うが、故郷の人を現地で応援すること生きがいを感じる人もいるのだ。海外のオリンピック会場で日の丸を振る人々の気持ちが何となくわかったような気がした。

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慄然とするくらい恐れおののくことは少ない